松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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松江/山陰バリアフリーツアーセンター の活動状況や、各種お知らせを掲載します。

雲南市大東町の源氏ホタルはこうして守られています!

2017年05月29日 11:47   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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ハウル@矢野です。
松江市ではここのところ雨がほとんど降っていませんので、植物は元気がありません。もうすぐ、あじさいの季節になりますが大丈夫なのか心配になります。
あと数日で6月に入り、今年もホタルの季節になりますね。今日は、雲南市大東町のホタルを紹介します。
この地域を走るJR木次線は前身の簸上鉄道(宍道-木次間)が開業後、2016年で100周年を迎えます。
この簸上鉄道の開通当時、乗客を楽しませた観光の目玉が、雲南市大東町の赤川のホタル見物だったそうです。臨時列車を増発し、赤川の鉄橋の上で列車を止め、ホタルが火の玉のように乱舞する姿が人々を魅了しました。
赤川のゲンジボタルが現在も、県内随一の生息地となっている背景には、地元の「赤川ほたる保存会」の貢献が大きいそうです。その一方で、現状のまま手をこまねいていると、保存会の活動が衰退する恐れが生まれています。
赤川では1955年ごろから川の汚れや豪雨災害でホタルが激減しました。事態を憂慮した住民が83年、保存会を結成して旧大東町に要望し、町が大東町ほたる保護条例を制定しホタルと生息地が天然記念物に指定されました。ここでも、その会の存続が高齢化に伴い継続出来るかが問題となっているそうです。ホタルを人口孵化させて放流しているのです。この人口孵化の微妙な飼育方法を伝承出来るのかが最も不安要素だそうです。
見頃となる6月10日、JR木次線の出雲大東駅(雲南市大東町飯田)で、大東ほたる祭りが開かれコンサートなど多彩な催しがあります。祭りを機に地元の若者が保存会の現状を知り、活動を継承してほしいものです。
松江市、安来市にも源氏ホタルの観賞地が数か所ありますが、どこの地区でも住民の貢献によってホタル観賞が出来ているのです。そもそも、自然環境によりもはや生育出来なくなっているようです。いつまでも観賞し続けられるのか心配になりますね。私たちは、感謝しながら観賞する事にしましょう!

以下にバスでのホタル観賞情報を掲載しておきます。
赤川ほたる観バス(雲南市)
毎年運行されるこのバス企画は、幻想的な「赤川ほたるの世界」に加え、奥ゆかしい「海潮神楽」の舞を存分に味わうことができるとして好評です。
日時 2017年6月10日(土)・11日(日)
19:00 JR出雲大東駅発(乗車受付は18:30より)
場所 島根県雲南市大東町 JR出雲大東駅発 
料金 大人(中学生以上)2,000円、 小人(小学生)1,000円  ※未就学児は無料  定員46人/日 ※要予約
問い合わせ 赤川ほたる保存会事務局 つむぎ
0854-43-8650
海潮荘
ホタル鑑賞の名所として知られる海潮温泉の宿。露天風呂でホタルに出会えちゃうかも?



土用の日は年4回あるのを知っていますか?

2017年05月26日 15:17   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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ハウル@矢野です。
運行開始まで1か月を切った、JR西日本の豪華寝台列車・トワイライトエクスプレス瑞風のツアー第2期分の申し込み締め切りが迫っています。山陰での試運転が始まり、各地でその優雅な姿が多くの人を魅了している瑞風です。
ツアー第1期では倍率が68倍だったとか?第2期目の締切日は、5月30日ですので、申込の方はお急ぎ下さい。
さて、土用というと夏を思い浮かべる方がほとんどではないかと思います。土用は各季節にあり、年4回あります。立春・立夏・立秋・立冬をはさんで約18日の期間でいわゆる季節の変わり目の調整にあたります。一般的には立秋前の18日間の夏土用をさします。この期間を暑中と呼び、暑中見舞いを出す時期でもあります。
また、夏土用に入って3日目が晴れれば豊作、雨が降れば凶作といわれています。この豊凶占いのことを「土用三郎(どようさぶろう)」というそうですが、そんなこと、知るわけないですよね。
それでは、2017年はいつなのでしょうか?
冬土用:1月17日~2月3日・春土用:4月17日~5月4日・夏土用:7月19日~8月6日・秋土用:10月20日~11月6日最初の日を「土用入り」最後の日を「土用明け」といいます。
夏の土用は、1年の中で最も暑さが厳しいとされる時期にあたるため、江戸時代にはこの期間の丑の日を「土用の丑の日」と重視し、柿の葉などの薬草を入れたお風呂に入ったり(丑湯)、お灸をすえたり(土用灸)すると夏バテや病気回復などに効き目があるとされていました。
年によっては、土用の期間に丑の日が2回訪れることもあります。この2回目の丑の日を「二の丑」といいます。
2017年は7月25日。二の丑は8月6日です。要するにうなぎを2回食べれる訳?ですね。
実はこの風習、江戸時代の万能学者であり、発明家でもある平賀源内が仕掛けたものだったんです。な~んて事は皆さまはご存じの通りですね。
知り合いのうなぎ屋さんが夏はうなぎが売れないと困っていたのを見て、店の前に「土用丑の日、うなぎの日」という貼り紙をしたのです。うなぎの「う」の字をうなぎにみたてて書いてあるのもうなづけますね。これが大当たりして、土用の丑の日にうなぎを食べる風習となりました。
夏土用の時期に、カビや虫の害から守るため、衣類や書物に風を通して陰干することを土用の虫干しといいます。また、この期間は田んぼに水を入れず、土をひび割れ状態にします。これは雑菌の繁殖を抑える効果があり、根がしっかりと張るんだそうです。梅干しの天日干しもこの時期です。
ここ、大事!!土用にしてはいけないことがあります。
○土を犯してはいけない(土を掘り起こしてはいけない)。
土用の期間は、土を司る土公神(どくしん・どくじん)という神様が支配するといわれ、土を動かしてはいけないとされてきました。今でも、家などを建築する際、土を掘り起こしたりする基礎工事などは土用の期間をはずす方が多いようですよ。
これって、迷信?折角、一生に一度のマイホームを建てるのですからわざわざその日にしなくてもいいですね。でもどうしてもその期間に工事始めをする場合は何日かは神様がお留守の日もあるようですので、よく調べてからにして下さいね。
土用は季節の変わり目ですから、農作業で体調を崩さないようにとの戒めもあると思われます。この期間をはずして田畑の作業をする事になります。



国引き神話の島根半島がジオパーク認定へ!!

2017年05月22日 14:50   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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ハウル@矢野です。今年は一体どうなっているのでしょうか?まだ、5月だというのに昼間は暑くてたまらない松江市です。
さて、今回は、今年、2017年の日本ジオパーク認定に向けて地元では、認定に一生懸命だという話題です。
出雲国風土記に登場する島根半島一帯の認定を目指す官民組織「国引きジオパーク推進協議会」(会長・松浦正敬松江市長)が、ジオパーク審議会に島根半島の地質学的特徴と神話や歴史文化を結びつけ、魅力発信につなげる意欲をアピールしました。
先月には出雲大社近くの稲佐野浜から出雲日御碕から見る夕陽が日本遺産に認定されたばかりです。
国引き神話の概略はこうです。
昔々、出雲の創造神、八束水臣津野命は出雲の国を見渡して「この国は、細長い布のように小さい国だ。どこかの国を縫いつけて大きくしよう」とお思いになりました。
そこで、どこかに余分な土地はないかと海の向こうを眺めると、朝鮮半島の新羅(しらぎ)という国に余った土地がありました。ミコトは、幅の広い大きな鋤(すき)を使い、大きな魚を突き刺すように、ぐさりと土地に打ち込み、その魚の身を裂いて切り分けるように土地を掘り起こし、切り離しました。そして三つ編みにした丈夫な綱をかけて、「国来、国来(くにこ、くにこ)」と言いながら力一杯引っ張ると、その土地は川船がそろりそろりと動くようにゆっくりと動いてきて出雲の国にくっつきました。こうして合わさった国は、杵築(きづき)のみさき【出雲市小津町から日御碕まで】になりました。その時、引っ張った綱をかけた杭が佐比売山【さひめやま、現在の三瓶山(さんべさん)】で、その綱は薗の長浜になりました。
その後も、ミコトは北の方の国から同じように狭田(さだ)の国【小津から東の鹿島町佐陀まで】と、闇見(くらみ)の国【松江市島根町のあたり】を引っ張ってきてつなぎ、最後に北陸地方の高志(こし)の国から引っ張ってきた国が三穂の埼【松江市美保関町のあたり】になりました。この時、ミコトが引っ張った綱をかけた杭は伯耆の国の火の神岳【ひのかみたけ、現在の大山(だいせん)】で、持って引っ張った綱は夜見の島(弓ヶ浜)になりました。
そしてミコトは「国を引くのが終わった」とおっしゃって、杖をおつきになって「おえ。」と言われたので、その地を意宇(松江市大庭町の周辺)というようになりました。
島根半島が無ければ、宍道湖の南はすぐに中国山地ですので当時?は本当に細長い土地でした。島根半島の地名は朝鮮半島の影響を受けていると思われています。
よその国にグサッと犂を突き立てて引っ張ったのですから島根半島の北側は切り立った海岸線が続いている訳です。正に「ジオパーク」にはうってつけの地学的にも十分なように思われますが、さて、審議会ではどのような結論となるのでしょうか。少し興味を持って見守ろうと思います。



国宝松江城天守に触ってきました!!

2017年05月19日 15:09   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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ハウル@矢野です。
まだ風薫る5月だというのに熱中症になりそうなほどに気温が高い松江市です。
いよいよ6月17日よりJR西日本の豪華寝台列車「トワイライトエクスプレス瑞風(みずかぜ)」が走るとあって、停車するJR宍道駅では、駅舎を看板を書き換えたり地元特産の来待石(きまちいし)や八雲本陣風に格子を使って改修工事をしてアピールし乗客の訪問を待っています。
さて、今回はJR松江駅北側すぐにあります「松江テルサ」1階に常時設置してある松江城天守閣(金属製)の約1/50の模型を私たち視覚障害者のためにガラスケースを外して触らせていただきました。
皆さまご存じのように松江のシンボル松江城は全国で現存する12天守のうち、国宝の一つで唯一の正統天守閣ともいわれています。また、城跡は国の史跡であり、。2015年5月には天守としては63年ぶりに5つ目の国宝に指定されました。
概略は、5層6階の望楼型の天守で、まだ、戦国時代の名残を残して外壁は漆喰塗の白い綺麗な姿ではなく、板に漆塗りの黒い姿です。
天守閣正面中央上に入母屋破風(いりもやはふ)と呼ばれる桃山時代の建築様式を取り入れた三角屋根があり、千鳥が羽をひろげた姿をしていることから、別名千鳥城(ちどりじょう)とも呼ばれています。慶長16年(1611)出雲・隠岐の領主堀尾吉晴が5年の歳月をかけて築城させました。高さは約30mあり、広さ,高さは全国に現存する12天守閣の2番,3番にあります。特徴は、最上階が四方を見渡せる望楼式で、壁は白壁が少なく、黒く厚い板で覆われ、石垣はごぼう積みと呼ばれる強固な積み方がされています。象徴的な美しい城というより、実戦を想定して建てられた城の様ですね。
 城主は、堀尾吉晴,忠氏,忠晴の3代、京極忠高の治政を経て、寛永17年(1638)からは初代藩主松平直政が城主となり、以来松平氏10代234年にわたって出雲松江18万6千石の藩主となりました。
1階には付け櫓が大きくもうけられてありどっしりしたイメージをかもしだしています。
中に入って見ると真ん中に井戸がありこれが八雲の「ぎりぎり井戸」の怪談に搭乗しています。地階(穴蔵の間)は、籠城用生活物資の貯蔵倉庫となっているようです。深さ24メートルの井戸があり、北方の池の底とほぼ同底で常時飲料水が得られたそうです。
2階の四隅と東・西・北壁にある幅広い穴が石落としで、石垣に近づく敵に石を落とすようになっています。外部からは発見しにくいように構造物を利用した石落としです。 
各階の階段は、桐の階段で板の厚さ約10センチメートル、階段の幅1.6メートルで1階から4階の各階の間に設けてあります。階段を引き上げたり、防火防腐のために桐を使ったもので他の城では見られない特殊なものです。 
また、天守を支える柱には、一面だけ、あるいは二面、三面、四面に板を張って、鎹(かすがい)や鉄輪(かなわ)で留められているものがあります。これは「包板(つつみいた)」と呼ばれ、天守にある総数308本の柱のうち130本に施してあり、割れ隠しなど不良材の体裁を整えるためのものと考えられています。 
石垣は、「野面積み」と「打ち込み接」(全体の6割)という石積み手法です。
石垣積は、築城工事にあたって、全体の半分以上の労力を要したと云われています。
松江城は5年間で完成しましたが、そのうちの3年間を石垣に費やしました。
石垣積みは、穴太頭二人が ※穴太衆(一族)・子供衆(見習い)を従え、石工は大阪から招き石垣を構築しました。 

穴太衆(あのうしゅう)とは、石垣築成集団の事です。穴太とは地名(大津市坂本町穴太)。この地には、中世から近世にかけ石垣の築成に優れた技能を持った達人がいました。松江城の石垣もこの「穴太衆」が招かれ築成しました。
野面積とは、自然石や割石を積む方法の事です。
打ち込み接(はぎ)とは、石切り場で切り出した石の、平坦な面の角を加工し、合わせやすくした積み方の事です。 
皆さまも来松江のおりには前もって松江市観光協会に予約すれば、触らせていただけるかもしれませんよ!
誇れる松江城、どうぞお楽しみください。 



「さよならJR三江線」イベントで乗客が増えて観光協会もビックリ!!

2017年05月15日 15:06   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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ハウル@矢野です。
春季もあと残すところ半月となりました。
今松江市ではプロバスケットボール チームのスサノオ マジックが一部昇格のニュースに盛り上がっています。
さて、来年4月1日で廃止されるJR三江線(三次市-島根県江津市、108キロ)で、「さよなら乗車」に鉄道ファンのみならず最後の乗車にぞくぞくと訪れています。閉店セールに客が多くなるとの例えなのでしょうか?沿線では自治体が地元の特産品を生かしたPRやおもてなしに乗り出し、地域活性化の気運を廃止後にもつなげようとしています。
三江線は広島、島根両県の6市町に計35駅があり、中国山地の山あいを走ります。
沿線の大半を中国太郎の異名をとる江の川と並行して運行し、四季折々の景色や自然美が楽しめます。全国から訪れるファンが後を絶たず、JR三次駅(三次市)を始発する列車内は、酒や菓子、カメラなどを持参した遠方からの観光客らで座席が埋め尽くされています。
三江線の始発は三次、江津の両駅で、それぞれ午前5時台です。終点到着まで途中停車しない場合、3時間以上もかかります。両駅とも出発するのは1日5本のみで、実際に乗客が途中下車するケースは多くありません。
そのため、列車の旅を楽しむ観光客は、始発駅で前日に宿泊したり、終点駅で当日宿泊したりして、それぞれの地域の観光名所を巡ることも多く、また、一部の便の終点となる石見川本駅(島根県川本町)前では、観光客の増加に伴い町観光協会が昨年12月、空き店舗を活用して「三江線おもてなしサロン」を開設しました。町と地元住民が協力して、町内で昼食ができる飲食店や観光地を載せたチラシを配布。特産エゴマを使ったお茶の提供サービスもしています。 こうした後押しもあり、町観光協会によると、4月は、昼便で駅を下車した人数が「確実に増えている」(担当者)という。
車両の運用状況にもよりますが、神楽のラッピングがされた車両が多用されています。
種別が普通しか存在せず、しかも駅数が多く、所要時間も長く、全線乗り通すには、最速でも4時間52分を要します(乗車時間は3時間25分)
本数も1日に僅か4~5往復(その内全線通し運転は下り2本・上り1本)と、極端に少ないです。
廃止された後では、レーダーを使っても島根県コンプが(車がないと)困難になると思われるので、今のうちに乗っておくのが吉。その上、三江線は付近の高速道路からすべて取得可能というわけでもなく、沿線は酷道も多い上に、
廃止後はバスも地区ごとの輸送に徹するため全線通して乗り通すのは不可能となりそうです。
中には代替バスもなくなる区間も出てくる可能性が高いため、鉄路が残っているうちのコンプを重ねて推奨します。 また、「江の川鉄道」の愛称があり、その名の通り江の川(ごうのかわ)に沿ってグネグネと走り、時速25kmあるいは15kmといった、低速の速度制限がかけられている箇所も少なくなく、ただ、景色は新緑の頃も紅葉の頃も見応えは十分です。
更に、沿線あるいは近傍で2泊以上する事により、“天空の駅”として知られる宇都井駅や、朝9:06に下りの最終列車が行ってしまう長谷駅等の、著名な観光名所を訪れる事も出来ます。
「折角田舎の長大ローカル線に乗るのですから、1日、いや2~3日潰しても良いのではないか」くらいの鷹揚な気持ちで臨んだ方が十分に満喫して楽しんだ方が心の為にはよさそうですね。