松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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松江/山陰バリアフリーツアーセンター の活動状況や、各種お知らせを掲載します。

9月9日の重陽の節句はかつては祭日だった?!

2017年09月05日 12:00   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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ハウル@矢野です。この時期、秋浅しですのでまだ秋の味覚はもう少し待たないといけませんね。
9月9日は、何の日?と聞かれてもなんだっけ ですよね。
五節句のひとつ「重陽の節句」です。菊を用いて不老長寿を願うことから別名「菊の節句」といいます。命を尊び、風情溢れる重陽の節句を楽しむために、行事の由来、内容、などについてご紹介します。
白菊と言えば、お葬式の花というイメージをお持ちの方も多いのではないかと思いますが、もともとは命を尊ぶという意味からだったのですね。
そもそも五節句とは、江戸時代に定められた5つの式日(今でいう祝日)をいい、1月7日の人日の節句(七草粥)、3月3日の上巳の節句(桃の節句/雛祭り)、5月5日の端午の節句、7月7日の七夕の節句、9月9日の重陽の節句をさします。
古来より、奇数は縁起の良い陽数、偶数は縁起の悪い陰数と考え、その奇数が連なる日をお祝いしたのが五節句の始まりで、めでたい反面悪いことにも転じやすいと考え、お祝いとともに厄祓いもしていました。中でも一番大きな陽数(9)が重なる9月9日を、陽が重なると書いて「重陽の節句」と定め、不老長寿や繁栄を願う行事をしてきました。
現代では「9」は「苦」と解釈して、それが重なれば最悪の日と思っていましたが、それが最良の日だとはビックリです。今では五節句の中でも影が薄くなりましたが、五節句を締めくくる行事として、昔は最も盛んだったといわれています。こうした節句は、行事と関係する植物の名前を冠して呼ばれることも多く、1月7日は七草の節句、3月3日は桃の節句、5月5日は菖蒲の節句、7月7日は笹の節供、そして9月9日は菊の節句と呼ばれています。
菊は古来より薬草としても用いられ、延寿の力があるとされてきました。菊のおかげで少年のまま700年も生きたという「菊慈童(きくじどう)」伝説もあります。また、他の花に比べて花期も長く、日本の国花としても親しまれています。菊といえば晩秋の花という印象ですが、旧暦の9月9日は新暦の10月中ごろにあたり、まさに菊の美しい季節でした。このころは農繁期であることや、新暦に替わって季節感が合わなくなったことなどから次第に廃れてきましたが、寿命を延ばすと信じられていた菊を使い、さまざまな風習が伝えられています。
また、庶民の間では「お九日(くんち)」と呼ばれて親しまれ、秋の収穫祭と合わせて祝うようにもなりました。有名な「長崎くんち」「唐津くんち」はその名残で、新暦の10月に開催されています。「くんち」は「ここのか」という意味だったんですね。
奈良時代から、菊酒を飲み交わし、栗ごはんを食べて無病息災を祈ったという記述が『日本書紀』にあります。これも古代中国からの伝承でしたね。
それでは、9月9日には栗ご飯を食べて白菊の花弁を浮かべて風流に長い木を祈りつついただく事にします。



江戸時代の町火消しはボランティアの消防団ではなかった!!

2017年09月04日 14:52   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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ハウル@矢野です。9月に入り気温も30℃を下回り朝は長袖でないと寒いくらいの松江市です。
さて、9月1日は皆さま、ご存じのように「防災の日」ですね。この週は防災週間で各地で各災害を想定した避難訓練が開催されています。地元の訓練には積極的に参加して同地域に障害を持った人も生活している事を知ってもらう良いチャンスです。また、避難リュックの中身の点検をする良い機会ですので非常食など、賞味期限があるものは取り換えておきましょう!携帯ラジオや懐中電灯の乾電池も勿論です。
ところで、時代劇の「暴れん坊将軍」でお馴染の「め組」という町火消しはこの時代の消防団ですね。テレビではあんまり通常はこれといって仕事をしてはいないように見受けられますが実際のところはどうだったのでしょうか?
町火消し組織は江戸時代に入ると割りとすぐに組織されたようです。特に8代将軍徳川吉宗の享保の改革では町奉行の大岡越前に命じて火消し組織も改革したようです。
江戸107町の火消しは、ボランティアの消防団組織ではなく一人ひとりの火消しにきちんと給料が出ていました。町奉行からではなく江戸の町の費用で運営され、たとえ火事がなくともちゃんと支払われていました。
ただし、その額はかなり安く、ヒラの火消しで一ヶ月に450~800文程度。1000文を2万円に換算すれば、9000円から1万6000円程度でしかなかったようです。一番給料の高い纏(まとい)持ちでも2~3貫文、現代のお金に換算して4万円から6万円といったところだったようです。ほかに役得として、湯屋や寄席、芝居がタダになることもあったようです。これは、給料が安いのだから、町人たちからせもてものサービスといいったところだったようです。そんな給料で暮らしていけたのは、彼らには鳶職という本職があったからです。火消しはアルバイトのようなものにすぎなかったので、安月給でもやっていけたのです。
また、彼らが安月給でも火消し業に励んだのは、町火消しならではの魅力があったからです。町火消しが火事に恐れず飛び込んでいくさまは、江戸っ子気質に響くものがあり、彼らは一種のアイドル的存在でもありました。
とくに各組の組頭は、相撲力士に並ぶ、江戸の花形とされました。「め組」の頭の北島三郎は町内からは一目おかれていた訳ですね。花形として脚光を浴びる快感があったから、給料の安さはさほど大きな問題ではなかったようです。
では、江戸ではどのくらいの火事があったのでしょうか?
慶長6年(1601年)から慶応3年(1867年)の267年間に大火だけで49回、小火も含めると1798回もの火事が発生しました。
当時の町火消しは江戸全体で約1万人で構成されていました。今でもとび職は構想ビルや瀬戸大橋など高所作業ので鉄骨などの組み立てなど花型ですね。また、保存会では正月や結婚式などのお目出度い席でのきやり歌を拾うしていますね。
時代劇も当時の時代背景を認識しているか否かで面白さが増しますよね。
「防災の日」にちなんだ話題でしたが少し本筋から反れたようです。



「武内さん」の夏祭りで松江の夏も終わりです

2017年08月29日 15:01   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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ハウル@矢野です。8月もあと2日となり、少し筒ではありますが秋の気配がしてきた松江市です。
最近では小学校でも夏休みが8月31日まででなく一週間早く始まるようになりましたが、31日にある夏祭りの最後を締めくくる松江市八幡町にある竹内神社の大祭があり、明日からは2学期が始まると同時に秋に入ると感じたものです。
この神社は、松江では「武内さん」と呼ばれて新車の交通安全のお祓いを受けたりする親しみのある神社です。31日の夜遅くまで何百軒の屋台が所せましと立ち並び神社のお参りよりもりんご飴やおもちゃなどを楽しみに夏休み最後の一日を過ごしたものです。

○平濱八幡宮武内神社メモ
住所
島根県松江市八幡町303
■電話番号
0852-37-0435
■コメント
【出雲國神仏霊場第十三番】
平濱八幡宮と武内神社は同じ境内にある。平濱八幡宮は出雲国最古の八幡宮といわれ、主祭神は應神天皇。武内神社の主祭神は武内宿禰命で、長寿であったことから延命長寿、病気平癒、交通安全の守護神とされる。武内神社大祭(8月31日)は、有名で「たけおっつあんまつり」と呼び親しまれ、夜を徹して行われる祭は大勢の参拝客で賑わう。
■アクセス
・JR東松江駅より徒歩約20分
・JR松江駅よりバス 日の丸「米子行き」で「竹内神社前」下車から徒歩約3分
・JR松江駅より車で約10分





石見銀山から瀬戸内ルートの最初の本陣が旅館になっています!

2017年08月29日 13:39   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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ハウル@矢野です。石見銀山は世界遺産登録から今年7月で10歳の誕生日を迎えました。地元の大森町では往事の佇まいを残す街並みを当時の大寒や豪商などになって大名行列ならむぬ当時の大森の銀山を支えた人々がゆったりと練り歩いたりと記念のイベントも盛りだくさんに考えられているそうです。
さて、鎌倉末期に開かれた石見銀山は、江戸時代に最盛期を迎え、人口も約20万人に達したといわれています。
そのため、銀や生活物資の輸送のための道路が四方に開かれていました。
その一つである銀山尾道街道があります。やなしおの道の歴史は古く、正平9年(1354年)の文書にもその記述が見られていますが、徳川氏が銀山を支配した慶長年間からは、この道は大森からの産銀輸送のため初代石見銀山奉行大久保長安の指揮の下に「官道」として整備が行われました。
かつてはこの地の庄屋でありまた、本陣として江戸から天領をを治めた大寒もこの本陣に宿泊した銀山街道 江川河畔の宿 「亀遊亭」は、石見銀山から銀を運んだ銀山街道が中国一の大河「江の川」と出会う地に幕末の本陣でもあった江戸時代の庄屋屋敷をそのままに今に残すたたずまいの宿です。
格調高い庭園とそれに続く江の川の絶景・・・四季折々の山の幸・川の幸伝承の味とともにくつろぎ出来る宿です。
客室は5室ですがご主人の計らいで2組の宿泊客しかとらないといいます。静けさを満喫出来なくなると言う気持ちからだそうです。また、近くには来年3月で廃線となる三江線の粕渕(かすぶち)駅もすぐそこにあり、時々は関東、関西からの観光客も宿泊するそうです。

旅館名「亀遊亭」
住所 〒699-4621
島根県邑智郡美郷町粕渕340
TEL 0855-75-1245
FAX 0855-75-1246