松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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松江/山陰バリアフリーツアーセンター の活動状況や、各種お知らせを掲載します。

小泉八雲は寒いのが苦手だったのでしょうか?  

2023年02月08日 09:55   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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ハダル@矢野です。
立春を迎え、少しづつ春めいた気温の日々が続いています。

皆さんは、何歳からが「おじさん」だと感じますか?
博報堂のアンケートによれば、43歳からだそうです。
完全にその域に入っている貴方です。
しかし、日本人の平均年齢は46歳ですので、平均値として「おじさん」「おばさん」がそこらじゅうにいる日本です。

さて、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)ゆかりの地といえばご存知の通り島根県松江市がどこよりも有名です。
ハーンはここで妻となるセツと出会い、日本文化への深い理解を育みました。
じつはハーンの松江滞在は1年ちょっとにすぎません。
後には、熊本中学、静岡、東京などに勤務地を変えています。
その理由としては松江中学は給料が安いためだと聞いています。
妻セツさんの家族・親戚の経済的な面倒を見切れなくなり、給料が倍の熊本に移ったという説があります。
もう一つの理由は寒さだったといわれています。
明治23年の夏に中学校教師として松江に赴任したハーンは、年末から翌年正月にかけての寒波に音を上げたそうです。
宍道湖が結氷するほどの寒さは、ニューオーリンズやカリブ海のマルティニークに住んでいた彼には
耐えがたかったろうとも思います。
次の冬が来る前の11月、セツを連れて熊本へ去っています。
もっとも明治の昔、寒いのは松江だけではなかったろうと思います。
東京でも9年1月に氷点下9.2度まで下がった史上最低気温の記録が残っています。
その時代、これに近い寒気はときどき首都を襲っていますので、
やがて上京してきたハーンも震えつつ冬を乗り切ったはずです。
名作「雪女」の情景にも寒さへの畏怖がにじんでいるに違いありません。
天気予報を眺めれば、今週は10度を超える温かさの松江市です。
今年のような暖冬の中では、「雪女」のイメージはもしかすると浮かばなかったかもしれませんね。
宍道湖に沈む夕日よりも、暖地とお給料が大事だったのでしょうか?!



節分と恵方巻

2023年02月06日 10:00   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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ハダル@矢野です。


続いて節分の話題です。
恵方巻きを食べるのはなぜでしょうか?
もともとは太巻きには7種類の具材を使うとされています。
この7という数字は七福神に関係した縁起物とされてきました。
しかしながら、節分に恵方巻きを食べるのは日本全国に昔からある風習では無かったようです。
私などは、ここ5年前くらいからです。
この時期になるとスーパーやコンビニで盛んに予約をとっています。
マスコミの宣伝効果は絶大ですね。
もともとの風習がない人もなんだかたべないといけないような気にさせられますね。
恵方巻の名称・由来は1998年(平成10年)にセブン-イレブンが全国発売にあたり、
商品名に採用したことによるとされています。
それからは、他のコンビニでも取り扱うようになりました。
恵方巻の食べ方は、その年の吉方を向いて一言も喋らずに一気に食べます。
家族何人かで一緒に食べると意外に辛いものですよね。


二つ目は、ここまでです。






節分の由来・意味をご存じですか!?

2023年02月02日 10:34   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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ハダル@矢野です。
寒い日が続き外に出るのは、雪で危険ですね!

節分の次の日は立春となり春の足音が日に日に聞こえて来るように感じますが、
昔から節分荒れといって雪が降り海は大荒れとなることが多いようです。
今年も例年と同じようです。
今回は、節分のお話です。
ご存じでしたら、ご容赦下さい。
節分って年に1回だけではないんです。
節分の由来・意味は季節を分けるという意味もあり、春夏秋冬の季節の始まりはすべて節分なんです。 
つまり1年に4回、それぞれの季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前の日が節分の日となります。
今では、新しい年(立春)を迎える前日(立春の前日・節分 )に、
鬼に豆をぶつけて邪気(おに)を払い福を呼びこもうというわけで、豆まきをする習慣は、
神社やお寺で大相撲の力士やスポーツ選手や年男などが行います。
なぜ豆をまくようになったかは諸説あり、はっきりしたことは不明のようです。
現在では、外に向かって「鬼は外」とその家の主人が行うのは、珍しくなりました。
こちら松江市でも大きな声では聞いたことがありません。
それでは、次に節分の恵方巻以外に特別に食べるものです。
節分で食べるものは鰯(いわし)が有名ですよね。なぜいわしなんでしょうか?
昔から臭いのきついものや尖ったものを厄払いに用います。
そこで、鬼の嫌いなものは「臭い鰯(いわし)の頭」と「痛い柊(ひいらぎ)のトゲ」とされ、
鰯の頭を焼いて柊の枝に刺し、それを家の戸口に置いて
鬼の侵入を防ぐ焼嗅(やいかがし)という風習がうまれました。
いわしも厄除けとして利用されたようですね。
最近ではいわしを玄関に置く家は少なくなってきましたが、いまでもいわし料理を食べる地域もあるようです。
皆様の地方では、どんな風習があるのでしょうか?
私の田舎では、12月31日の大みそかとほぼ同じような料理を食べていました。
献立は、大根と人参の酢の物とこんにゃくの入った煮しめとおそばが普段の食事にプラスしてありました。
皆様!元気で立春を迎えましょう!!
一つ目は、ここまでです。
二つ目です。
恵方巻きを食べるのはなぜでしょうか?



視覚障がい者にとって雪道は危険がいっぱい、盲導犬も歩くのが大変!!

2023年01月31日 16:02   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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ハダル@矢野です。
今年は雪はそんなに降らないと高をくくっていましたが、横綱級の寒気団に見舞われ外出もままになりません。
視覚障がい者にとっては、なんとも過ごしづらい季節です。
そこで、雪道が視覚障害者や盲導犬にとってどんなに危険なのか、考えてみたいと思います。
雪国では雪が降ると、ご近所総出で自宅の周りの除雪をします。
それは、自分の家の前が通行人に歩きやすいようにという助け合いの気持ちもあるでしょう。
除雪した雪は自宅の周りに集められるのですが、それがちょっとした山になります。
大きな通りだと除雪車が一気に除雪するので、雪の山は人の背丈以上に高くなってしまうこともあります。
みなさんが歩きやすいようにと除雪するわけですが、この雪山が視覚障がい者にとっては
障害物となってしまいます。
視覚障がい者がいつも通りにまっすぐ歩いていると、白杖が雪の山に当たってしまいます。
1つめをうまく避けたとしても、行く手にはいくつもの雪の山。
雪のかたまりにあちこちで当たっているうちに、方向感覚がなくなってしまうこともあります。
安全なはずの歩道に雪山がいくつもあるので、危険を冒して車道を歩くことにもなります。
また、昼間に雪が解けて夜に急速に冷えると、路面は本当にツルッツルで、
まるでアイススケートリンクのようになります。
ツルツル路面は見えている人にとっても恐怖ですが、見えない人にとっては恐怖そのものです。
視覚障がい者によると、こういう路面のとき、前後方向にはあまりすべらないのですが、
左右や斜めの傾きには滑って転倒することもあります。
歩道は車いすなどが通りやすいように、段差をあえてゆるい傾斜にしていることがありますが、
視覚障がい者にとってこのゆるい傾斜こそが危険な場合があります。
さらに、積もった雪で歩道と車道の区別がつかなくなり、気づいたら車道を歩いていた、ということもあります。
歩道と車道の区別がない細い道路では、雪山があちこちにあるため道幅が狭くなり、
車と同じところを歩かなければならず、これも大変危ないです。
雪が降ると音の聞こえ方が違います。
雪に音が吸収されるためか、街の中の音の聞こえ方が違いますよね。
視覚障がい者は普段、音を頼りに生活しているので、音の聞こえ方はとても重要です。
しかし、雪が降ると音の聞こえ方がまったく違ってしまうので、道に迷うことがあるそうです。
たとえば、雪が降ると周囲の音が消されてしまいます。
すると、車が来たことに気づかないことも。
最近は音が静かなハイブリッド車が普及しているので、雪道では車が近づいたことがますますわかりにくくなっています。
雪の質によっても聞こえ方が違います。
新雪では雪はふわっとしているので音が吸収され、逆に凍りつくと音の反響が大きくなります。
また、防寒のためや、転倒のときの衝撃を吸収するようにと、冬は耳を覆う服装をします。
これもまた聞こえにくくなる原因となります。
足の裏に伝わる感触や、白杖からの触覚がなくなります。
視覚障がい者は普段、足の裏で感じる触覚情報にも頼って歩いています。
たとえば、地面がタイルなのかアスファルトなのか、カーペットなのか木製なのか、
足裏や白杖から伝わる感触で自分の位置を把握します。
しかし、雪が積もると、足の裏からの触覚がまったく変わってしまいます。
すべてが雪と氷に覆われてしまうので、どこを歩いているのかわからなくなってしまいます。
また、頼りとしている点字ブロックも雪に覆われるため、音声式の方位計を携帯する人もいますが、
これはまだ、ごく一部ですね。
盲導犬は歩道の段差がわからなくなり、一時停止ができなくなります。
視覚障がい者の目として活躍する盲導犬は、ユーザーと歩くとき、段差があると1段めに足をかけて止まり、
段差があることを知らせます。
ユーザーは盲導犬が止まるので、そこが歩道と車道の境い目だと認識できるわけです。
また、歩道から横断歩道を渡るときも一度止まるように訓練されているので、
ユーザーは安全に横断歩道を渡ることができます。
雪に覆われてしまうと、段差がなくなったり横断歩道が見えなくなったりするので、盲導犬は一時停止できません。
止まらずにそのまま車道へ…とうことにもなりかねません。
このようなことから、社会にお願いしたいのは、雪道でも視覚障がい者が安全に歩くことができるよう、家の前の除雪、
そして、道路になるべく雪山を作らないこと。
また、視覚障がい者からは、点字ブロックがあるところは融雪装置を設備してほしい、
音声信号機を増設してほしいなどの要望が行政に要望している地域もあります。
今年の冬は寒さが厳しく、また、普段は雪が降らない地方にも大雪が降るという異常な天候が続いています。
雪道は健常者にとっても危ないですが、視覚障がい者にとっては危険がいっぱいです。
雪道でも安全に歩くことができるよう、自治体レベルでの除雪の徹底などものぞまれます。



「冬はつとめて」といったのは昔の冬?!

2023年01月23日 10:04   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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ハダル@矢野です。

「おー、さむッ。」
それはそのはずです。大寒の最中です。
今しばらく、立春までお待ちくださいませ。
しかし、もうすぐに2月如月です。もう一枚重ね着」をするという意味もあるとか・・・。


清少納言は、「枕草子」で冬と言えば早朝?と書いています。
「冬はつとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず・・・。」
続いて現代語訳では、「冬は早朝。雪が降っているのはいうまでもない。」 
冬と言えば雪ですが、それは最早いうまでもないのです。

雪が降るのは当たり前の日本の冬の情景なのです。
私は雪が木の枝や山に積もっている所や屋根からつららが垂れている所とかが好きなのですが、
そんなのが綺麗なのは誰もが知っていることですね。
因みに、木の枝などから滑り落ちてくる雪の事を「垂雪しずりゆき」といい、木の枝などに積もった雪が落ちることを「垂しずり」というそうです。
これも、日本人ならではの繊細な表現ですね。
日本人に生まれてよかったです。
冬の早朝にふさわしいとして炭火を持って行き来する様子をあげていますが、現代ではその様子を想像することしかできませんね。
きっと宮中で生活していた清少納言はお付きの人が火を部屋まで持って来てくれる様子や、
他の人の付き人が火を急いで運んでいるのを部屋から見ていたのでしょうね。
朝早くから寒い廊下をバタバタと火を運ぶ人たちが行き来するのを見て「冬が来たなぁ」としみじみ思うのは、
恐らく運んでもらう側だけではなく運ぶ側も同じことだったのでしょう。
当時の暖房器具は、農家であれば「爐」、宮中など貴族の屋敷では「火鉢」くらいしかなかったのでしょうね。


現代の日本では暖冬で、当時より数度は寒かったに違いありません。でも、日本家屋は「夏をもって旨と那須」ですから風通しのいいのを重んじています。
寒いのは着物を重ね着すれば、凌げるが暑い方が辛かったのでしょうね。


今はスイッチひとつで暑いも寒いも凌げますので、現代に生まれてよかったですね。