松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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松江/山陰バリアフリーツアーセンター の活動状況や、各種お知らせを掲載します。

「事八日(ことようか)」をご存知でしたか?

2021年12月08日 11:09   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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ハダル@矢野です。12月7日は、「大雪(たいせつ)」で、これまで、山に積もっ

ていた雪がそろそろ、ふもとまで降りてくる季節という24節季のひとつです。
皆様の地域では、いかがでしょうか?
その翌日の12月8日は、何の日?というと太平洋戦争が始まった日という方もいら
っしゃるのではないかと思います。
その通りですが、この日は、日本人にとって大事な日のひとつでした。
12月8日と2月8日が対になり、「事八日(ことようか)」と呼ばれるのをご存じでし
ょうか。
「こと」は「行事」「祭事」「斎事(いわいごと)」のことを指します。人々は、ど
ちらか一方を「事始め(ことはじめ)」、もう一方を「事納め(ことおさめ)」の日
と定め、昔から特別な日として過ごしてきました。
地域で異なる「事始め」「事納め」の日
事八日がいつごろから始まったものか、正確には伝わっていませんが、宮中行事が確
立していった平安時代の延喜年間(901~923年)以降との説が有力です。この日には
、強飯(こわめし)や団子を作って祝ったり、餅をついて神に供えたりする地域があ
るほか、「お事汁」といって大根、ゴボウ、里芋、コンニャクなどを入れた汁を食べ
る風習も伝わっています。
面白いことに、12月8日と2月8日、どちらの日を「事始め」「事納め」とするかは地
域によって異なり、一定ではありません。たとえば東京では、12月8日を“正月準備
を始める”意味での「事始め」、2月8日を“正月行事の終わり”の「事納め」とする
のが主流だといいます。しかし反対に、群馬県などのように、2月8日を“農作業を始
める(田植えなどの準備をする)”の意味で「事始め」、12月8日を“農作業を終え
る(収穫などを済ませる)”の意味で「事納め」とする地域も少なくありませんし、
事八日には「田の神・山の神などが訪れる」という伝承も存在します。また、西日本
では12月8日のみをハレの日とする場合も多く、事八日の伝承は各地で差があること
が分かります。
各地でさまざまな行事が行われる事八日ですが、実は古くから「妖怪(あるいは厄神
)が出る」と考えられ、一般的に“物忌みの日”としての意味合いが強い日でもあり
ます。
関東周辺では、この日の晩に“一つ目の妖怪”が出るといわれており、ざる、ふるい
、籠などを家の出入り口などに高く掲げておくと、籠の目の多さに一つ目小僧が驚い
て逃げ出していくと信じられてきました。また、一つ目の妖怪は各家を回って履物に
判を押すといわれており、この判を押されると翌年に悪い病気にかかってしまうと考
えられていました。そのため、この日は履物を外に出しておかないようにしたといい
ます。
また、事八日に「針供養」を行う地域も多く見られます。針供養とは、折れた針や使
い古した針を供養し、裁縫の上達を願う行事ですよね。
かつて人々は、この日は一日針仕事を休み、豆腐やコンニャクなど軟らかいものに集
めた針を刺して、淡島神社ゆかりの寺社に奉納したり、紙に包んで海や川に流したり
したといいます。なぜ豆腐やコンニャクなのかについては、「まめに働く」という言
葉にかけたとする説や、今まで硬い布に刺してきた針にいたわりと感謝をこめて、最
後は軟らかいものに刺して休ませてあげるという説などがあります。現在でも、発祥
の地・淡島神社や東京都の浅草寺にある淡島堂では針供養の行事が行われています。
このように、地域や生活習慣によって意味合いや風習が異なる事八日。実は農業を営
む人にも節目としての意味があった……というのはなんとも興味深い話です。事八日
は私たちの生活の基盤である「衣食住」にかかわる大事な日として、心に留めておき
たいものですね。



長い夜を有効に過ごす日本人!

2021年12月01日 09:51   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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ハダル@矢野です。

太陽の暖かさや昼間の明るさは、とても大事な事ですが、夜の月の満ち欠けにより、
海が吸い上げられたり、満月の夜には何かが起きるとか、月の表現の豊かさは、日本人特有なのではないでしょうか。
皆様は、夜の時間は、どのようにお過ごしでしょうか。
そもそも、日本人は、昼間より夜に趣を感じていたようです。
枕草子は、平安時代に書かれた清少納言の随筆ですが、顕著に知ることが出来ます。
春は夜明け、夏は夜、秋は夕暮れ、冬は早朝が風情があると言っています。
序章では、少なくとも昼間の趣には触れていません。
昔から月の光を愛でます。昼は働き夜は寝るという生活が長い間続いて来たのです。
神社の燈明はともかく、庶民にとって灯火することは、高架であり一般的でなかったようです。
お祭りなどでは、松明、篝火また家内では、いろり火っていったところです。
いろり火は明るさを確保するのではなくもっぱら調理に使いました。
それもそのはず、昼と夜の時間が同じならまだしも秋から冬などは、夜の時間が長くなります。 
この長い闇の時間の過ごし方を考えるのは当然でしょう。
日本の文化は「闇と慣れ親しんできた文化」であるという人がいます。
富士山の夜の講中登山、蛍狩り、夜桜見物、さらに虫の鳴き声を楽しむ虫聴きなど、
かつて多くの日本人は闇歩きの達人だったと言います。
また、視覚以外の感覚をフル回転して食事をしたりする日常生活体験が出来る施設もあるそうです。
視覚障がい者のエスコートを受けながら、いつもとは逆のパターンですね。
現代の電気がなくては暮らせない私たちにとってある意味新鮮に受け止めれば何か新発見出来、
視覚でほとんどの情報を取得している現代人にとって一度は、体験してみるのもいいのではないでしょうか。