松江/山陰バリアフリーツアーセンター
総アクセス数:23419653
今日のアクセス数:1895
昨日のアクセス数:22960

松江/山陰バリアフリーツアーセンター の活動状況や、各種お知らせを掲載します。

神話の洞窟加賀潜戸 ■神仏宿る洞窟船の旅 加賀の潜戸(松江)

2026年09月09日 15:43   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
コメント(0)

アリア@矢野です。

島根県北東部に位置する島根半島で、日本海に突き出た岬
「潜戸鼻(くけどはな)」(松江市島根町)の先端に海食作用でできた
洞窟「加賀(かか)の潜戸(くけど)」があります。
「神話の洞窟」とも呼ばれ、明治の文豪・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)も
「これ以上に美しい海の洞窟は、そう考えられるものではない」と
絶賛した景勝地です。

遊覧船で加賀の潜戸を巡る約50分のコースで、年間約4000人の観光客が訪れます。
コース途中では、1400万年前の海底火山活動で安山岩と火砕岩が積み重なってできた
岬の地層も見え、その壮大なグラデーションに乗客は感嘆の声を上げています。

加賀の潜戸は、岬の突端近くにあるトンネル状の洞門「新潜戸」と、
加賀港から正面に見える洞窟「旧潜戸」の二つから成り、
波の穏やかな日は船で中に入ることもできます。
また、それぞれに言い伝えがあります。

奥行きが200メートル以上ある新潜戸は、奈良時代に編さんされた
「出雲国風土記」にも記されています。
出雲四大神の一人、佐太大神(さだのおおかみ)の誕生の地とされ、
母神の支佐加比売命(きさかひめのみこと)が弓矢で岩を射通すと
洞内が明るく輝いたと伝わっています。
その伝説の通り、洞門の内部は差し込む光で照らされ、澄んだ海の色とともに神秘的
な空間が広がります。

一方で、旧潜戸は別名「仏潜戸」と呼ばれます。
高さ10メートル以上、奥行き50メートルほどの巨大な洞窟で、
海岸から洞窟につながるトンネルを抜けると、十数基の地蔵とともに、
積み上げられた石の塔が無数に並んでいます。
幼くして亡くなった子どもが、親を思って小石を積み上げたとされる
「賽(さい)の河原」伝説の地です。

地蔵のそばには、我が子を亡くした親が供えたとみられる人形やおもちゃがあります。
洞窟の中のせいなのか、少し寒い感じがします。

「MEMO」
11月の波が穏やかな日には、「マリンプラザしまね」発着の遊覧船が運航され、
約50分の船旅で新潜戸と旧潜戸を巡る。
出航時間は午前10時20分~午後3時20分(受付時間は午前9時30分~午後3時15分)。
料金(税込み)は中学生以上は2000円、小学生は1000円。
6歳未満は、大人1人につき2人まで無料。
問い合わせは加賀潜戸遊覧船(0852・85・9111)。




心のバリアフリー認定制度を広めよう!

2026年09月07日 10:51   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
コメント(0)

アリア@矢野です。

8月末になりますが、これからが、残暑お見舞いといった様子の松江市です。

全国的にも心のバリアフリーを広める活動は、いろいろな形で推進していると
思います。
島根県では、あいサポート運動を通して「共生社会」の実現しようと活動しています。
アリア@矢野も、心のバリアフリー研修に講師として、参加しました。

観光庁では令和2年にバリアフリーについての対応や情報発信に
積極的に取り組む姿勢のある観光施設を対象とした「観光施設における心のバリアフリー認定制度」を
開始し、島根県内ではこれまで約30の施設が「心のバリアフリー認定」を受けています。
プロジェクトゆうあいでは、島根県観光振興課からの委託事業で、島根県内の博物館、
美術館等へ心のバリアフリー認定を広めるために、古代出雲歴史博物館、
三瓶自然館サヒメルの2会場にて、心のバリアフリー認定制度の説明会と、
バリアフリー接遇研修を開催しました。
ゆうあいからは、視覚障がい、聴覚障がい、車いす使用のスタッフが
当事者の目線での配慮事項を分かりやすく説明させていただきました。
認定施設がこれから広まることが期待されています。
(田中隆一)

盲導犬を連れた男性の話をきく男女参加者参加者へのアンケートから
アイマスクをつけてみて、視覚障がいの方の気持ちがよくわかりました。
手引きは簡単なように見えて、いろいろと気遣うことがあることがわかりました。
車いすの方をサポートするときに、腰を下げて目線を合わせて話をするという
アドバイス、さっそく実践したいと思いました。
実際に障がいのある方から説明を受けることができて、貴重な機会をいただきました。
認定制度の申請を前向きに検討したいです。

プロジェクトゆうあいでは、活動の様子をご紹介する『ゆうあいレポート』(A4判、全4ページ)を
年4回発行しています。
このたび最新号(第51号)ができました。
プロジェクトゆうあいの各事業所で無料でお渡ししているほか、
PDF版、画面読み上げソフトに適したテキスト版でもお読みいただけます。
(テキスト版には画像はありません)。



ゆうあいがスサマジコラボバス停をリニューアルしました!

2026年08月26日 09:48   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
コメント(0)

アリア@矢野です。

もうすこし残暑が厳しそうな松江市です。

さて、島根スサノオマジックは、島根県のプロバスケットボールチームです。
島根スサノオマジックと、一畑バスと松江市交通局は、
公共交通の利用促進に関する協定を結んでいます。

この度、島根スサノオマジックのロゴが新しくなり、
スサマジコラボバス停のデザインがリニューアルされました。
プロジェクトゆうあいは、スサマジコラボバス停を貼り替えました。
夏休みのお出かけの際には、探してみてください。

バス停の画像が、島根スサノオマジックの公式Xに掲載されました。
https://x.com/susanoo_m/status/2087111499911459085

貼り替えたバス停は、以下の通りです。
北公園(北進バス停 車道側)
北公園(南進バス停 車道側)
総合体育館前(西進バス停 車道側・歩道側)
総合体育館前(東進バス停 車道側・歩道側)

以上です。



松江の夏の風物詩松江水郷債開催! 夜の水面彩る2万1千発 松江水郷祭 ドローン1千機のショーも

2026年08月18日 15:09   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
コメント(0)

アリア@矢野です。

今日7日は、暦の上では、二十四節期「立秋」ですが、真夏の天気は、依然として続いている松江市です。
変わったものは、挨拶が暑中から残暑お見舞いになったことぐらいでしょうか?

あとひと時は、何とかしてこの猛暑を乗り切らないといけませんね。

松江の夏の風物詩「松江水郷祭」が8月1、2日、松江市の宍道湖東岸で開かれ、
2日間で計2万1千発の花火が、湖上の四つの台船から打ち上げられました。
大輪の花火が夜空と湖面、市内を流れる大橋川を彩ると、
見物客から大きな歓声と拍手が起きました。
ドローン1千機によるショーもありましたよ。

西日本最大の花火大会との呼び声の通りでした。

私はというと2階のバルコニーから見ていましたが、
時々大きな花火があがると家が響いてくるほどでしたので、
混雑の中に出かけなくて良かったので、この日ばかりは、得しました。
来年が待ち遠しいです!



7月26日は「幽霊の日」ってご存じでしたか?

2026年08月04日 09:57   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
コメント(0)

アリア@矢野です。

暑中お見舞い申し上げます。

もう数日で、暦の上では、立秋となり残暑になりますが、一向に秋の足音など見受けられない松江市です。

観光客のみなさまも猛暑の松江を創造して来松されたのでしょうか?

さて、7月26日は「幽霊の日」です。でもなぜ「幽霊の日」なのでしょうか?
夏の暑さを吹き飛ばすかのように、昔から夏といえば怪談話がついてまわります。
「肝を冷やす」という言葉がありますが、体を直接冷やすだけではなく、気持ちの面で
も「冷」を感じられるようにということなのかもしれませんね。
そんな夏真っ盛りの7月26日は「幽霊の日」に制定されているのをご存じですか?
なぜ、「幽霊の日」がつくられたのでしょうか?

その由来は江戸時代のできごとにさかのぼります。
1825年7月26日、江戸にある中村座にて四代目鶴屋南北作の『東海道四谷怪談』が初演されました。
今の時代にも受け継がれる人気の歌舞伎演目が初めて披露されたのがこの日だったのです。

ストーリーをおさらいしてみましょう。

舞台は江戸の四谷。
田宮家の娘である「お岩」は、浪人であった「伊右衛門」と結婚しました。
しかし、近くの住人でお金持ちの伊藤喜兵衛という男の孫娘が、
妻子持ちである伊右衛門に恋心を抱いてしまいます。
そこで喜兵衛は、お金を伊右衛門にちらつかせ、お岩に毒を飲ませるよう指示します。
お岩の髪はバラバラと抜けおち、顔はひどくただれていってしまいます。
その姿にショックを受けたお岩は、自ら命を落としてしまいます。
そして、お岩は幽霊となり、伊右衛門を恨み続けるのです。
たちまち、江戸で人気を博したこの演目が、のちに「幽霊の日」をつくる由来となったのです。
そして、幽霊の足がないのはなぜなんでしょうか?
昔から日本の幽霊といえば、白装束を身に着け、両手を胸元あたりでくねっと曲げ、
足のあたりがボヤッとしている……といった見た目の印象が植えつけられています。
実は、幽霊に足がない理由も『東海道四谷怪談』に関係しているのです。

幽霊の足を消したのは、歌舞伎役者の尾上松緑だといわれています。
『東海道四谷怪談』を演じることになった尾上松緑は、怖さを感じさせる演出を考えていたところで出たのが、
幽霊の足をなくすというアイデアでした。
この手法は狙い通り、観客から「怖い」と評判になり、今の幽霊の姿につながるものとなったのです。

四代目鶴屋南北によって書かれた『東海道四谷怪談』は実在した人物の話を脚色して作品化されたもの。
「お岩さん」と聞くと、強い怨念を抱いた女性というイメージをもたれがちですが、
実際は違うのではという説もあります。

お岩と伊右衛門は仲睦まじく暮らしていて、身分の低い夫を支えるためお岩は奉公に出たといいます。
さらに、真面目な働きぶりが評価され、夫の出世にもつながったのだとか。
その際、お岩が信仰していた稲荷が「お岩稲荷」と呼ばれ、
江戸の人々もあやかるようになったほど成功の象徴だったようです。

お岩人気は思わぬ形で今にも受け継がれていますが、『東海道四谷怪談』はあくまで架空のお話。
夏に少しのひんやりを感じたいときは怪談話を聞いてみるのもよいかもしれません。