松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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松江/山陰バリアフリーツアーセンター の活動状況や、各種お知らせを掲載します。

「9月23日は網膜の日」です。

2022年09月13日 12:00   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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私たちの眼の奥には『網膜』という光を感じる膜があります。         

そこが壊れると、暗いところで見えにくくなったり、視野が狭くなったりします。
完全に失明していなくても、歩くときには白い杖が必要になってくるのです。

網膜の病気は、外見からは視覚に障害があるということがわかりにくいのです。

見えているのにわざと白い杖をついているのではないかと不思議な顔をされることがあります。
電車・バスで席を譲られてスマホを見たりすると、「見えてるくせに見えないふりをしているのではないか?」と
そう思われることもしばしばあります。

しかし、実際に五円玉の穴ほどしか見えていなかったり、ものがゆがんで見えたり、
スマホを見ることができても、白杖を使わないと安全に歩くことができないのです。

どうか、網膜の病気を理解してください。

■なぜ、9月23日を[網膜の日]と決めたのでしょうか?

9月23日は、昼と夜の長さがほぼ同じになります!
明るさは、網膜の病気の抱える患者にはとても重要なのです。
夜が長くなると、歩ける時間がどんどん短くなります。仕事に行けなくなることもあります。
網膜細胞が破壊されると、明るい昼間の長さということがとても重要になります。
網膜色素変性症、緑内障、糖尿病網膜症、加齢黄斑変性、網膜剥離など、網膜の病気はさまざまです。
9月23日は毎年「網膜の日」です。
このような病気があること、そして白い杖をもっていても「完全に見えない」のではなく
「見えにくい」人もいるということをわかってください。

白い杖を見かけたら、ぜひ「何かお手伝いしましようか?」と声をかけてください!



日本人の旅の始まりはお蔭参りでした!  

2022年09月06日 12:01   松江/山陰バリアフリーツアーセンター
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ハダル@矢野です。
何だか一気に季節が進んだようで、蝉の音が聞こえなくなった松江市です。
このまま秋に突入するのでしょうか?
さて、人は老若男女また、身体に障がいがあろうとなかろうと、人は、金銭欲・食欲・性欲・旅欲など人それぞれで、
各欲の大小はあれそれを達成?すべく生きていますね。 
今日は、その中でも旅欲についての話題です。 
少し調べてみると、一般庶民の旅の始まりは、江戸時代からのようです。
しかし、当時は関所が置かれたり、そもそもは藩外へは出られない事となっていましたね。
参勤交代の藩士や僧侶など著名な人は藩から通行手形を発行してもらい関所を通っていました。 
参勤交代の制度のおかげで道路網が整い、一里塚ができ、宿場が整えられていきます。
人々は自分の生まれた土地から一生出ることはできませんでしたが、ひとつだけ許される場合がありました。
それがお伊勢参りなどの寺社詣と、病気やケガ治療のための湯治旅です。 
温泉に関して言えば、この時代は温泉に関する研究も進んでいます。
医学の発達とともに温泉は宗教としての意味合いを薄くしていきます。 
このころに出された書物として「一本堂薬選続編」(1738)があります。
温泉の効用について詳しく書かれています。 
話を戻します。 
寺社詣のためなら、誰でも旅に出てもよいとはいっても、旅に出るには多くのお金を用意しなくてはなりません。 
ところが、武士や大商人だけでなく、年貢を搾り取られていたはずの農民たちも相当数旅に出ていました。 
それでは一体、どれくらいの人たちが旅に出ていたかといいますと・・・
伊勢神宮にはこの時代、多くの人(推定年間100万人)がお参りをしていたのですが、
大体60年に1回くらいの周期で伊勢神宮に全国から津波のように人が押し寄せたようです。
ぬけ参り・おかげ参りと言います。 
記録によるとその数、年間200万から300万もいたそうです。 
大商人や武士ならいざ知らす、庶民たちは旅費など工面できるはずもなく、実際のところ何も持たずに家人にも告げず、
熱病にかかったように突然旅出っていったそうです。 
彼らは集団を作り、白衣に菅笠でのぼりや万灯を押し立てて、
「おかげでさ、するりとな、ぬけたとさ」と歌い踊り歩いたので、ひと目でそれと分かります。 
お金に困れば道筋の家々が食べ物や宿泊の場所を与えてくれました。
(それでおかげ参りと呼ばれるようになったんだそうです) 
また、「講」を作ってみんなでお金を出し合って順番にそのお金を持って旅に出るということもしていたようです。 
このようにしていったん旅に出てしまうと、お伊勢参りを口実に、京、大阪見物をしたり、名所旧跡めぐりなど、
自由な旅を楽しむことができたのです。 
各藩は湯治のために温泉の整備を進めていましたが、庶民でも許可をもらって入るこ
とができるようになってきたため、 温泉につかってのんびりと過ごす人も大勢いたそうです。 
人々を日常のあらゆる拘束から解き放った寺社参りの旅は、こうして観光・娯楽の色合いを強めていったのです。
旅の盛んなこの時代には、旅のガイドブックのようなものもいくつか出ていたようですね。
また、旅行会社のようなものもあったそうです。宿泊の宿にその看板を掲げて、いたとも聞いています。 
現代、移動時間も短く情報過多の時代とは想像もつかないところではありますが、
それだけ、未知の楽しみに期待するのは旅欲の原点ですね。